週末には、ちょっと凝ったお料理を

橋本ねこのお料理部屋( 'ω')

イタリア人がマンマミーヤしてしまう「純喫茶のナポリタン」


ナポリタンという特殊なパスタをご存知だろうか。

都市の名前を冠しているくせにナポリとは一切関係が無く、剰え日本が発祥の純然たる和食である。

ケチャップで味を付けたスパゲッティは日本人の味覚にジャストミート。今ではノスタルジーを感じるレトロ料理として、もしくは冷凍食品やお弁当のちょっとしたスパゲッティとして人気が続いている。

 

ちなみに、ナポリ料理としてトマトソースを用いたシンプルなパスタ「スパゲティ・アッラ・ナポレターナ(Spaghetti alla napoletana)」というものがあるが、たまたまトマトという共通点こそあるものの、全くの無関係である。

ケチャップを使った料理をナポリ料理と呼ぶことはまず無い。

 

サクッとレシピに飛びたい方はこの目次を活用されたし。

 

ナポリタンについて

歴史

ホテルニューグランドによる「スパゲティ―ナポリタン」

元祖はホテルニューグランドで供されたものだと言われている。

戦後、米軍兵士がケチャップで和えた具無しスパゲッティを食べているのを見て、当時のホテルニューグランド総料理長が炒めたピーマンやマッシュルームやハムをトマトソースで和えたスパゲッティを考案した。これが「スパゲティーナポリタン」と命名された。

当時の総料理長はフランス料理である「スパゲッティ・ナポリテーヌ」の存在を知っており、発音しやすいように「スパゲティーナポリタン」としたのだとか。

 

アメリカ人とパスタ

さて、そもそも米軍兵士はスパゲッティを食べていたのか。

アメリカにはイタリア系移民が一定数いたが、アメリカ国内にはあまりパスタは受け入れられなかった。

そんな折、1930年代の世界恐慌が発生。この時に安価な料理としてトマトソース、ミートボール、パルメザンチーズを合わせた「スパゲッティ・ウィズ・ミートボール」がイタリア系移民以外にも広まった。

また、戦時中には兵隊食に缶詰スパゲッティが採用された事もあり、より身近になった。

というわけでケチャップ味のスパゲッティはすっかりアメリカ人に浸透し、戦争は終結した後も残った米軍兵士はその味を懐かしんで好んで食べたという背景がある。

 

戦前の日本とイタリア料理

時を遡り、大正時代。数々の洋食の祖と呼ばれる東京・銀座にある煉瓦亭ではトマトピューレを使った「イタリアン」と呼ばれるスパゲッティ料理があったと云う。関東大震災後、しばらくはトマトピューレが使用できずにケチャップを使っていたという話も。

1927年に発行された「欧米の菓子と料理」にはトマトペースト、トマト缶、玉ねぎ、ベーコンを煮込んでスパゲッティにかけた「ナポリ式スパゲッチ」という記述がある。

1937年の「婦人之友」12月号には「スパケテナポリタン」というシェリー酒とトマトを使ったハイカラな料理が紹介されている。なお、このレシピではスパゲッティの代わりにうどんを用いている。

 

明治時代の日本とスパゲッティ

明治時代まで遡ると、ロングパスタよりもマカロニが一般的であったとされる。

1905年に発行された「佛国*1料理 家庭の洋食」に「スパゲット・アラ・イタリアン」というトマトソースを使ったスパゲッティの記述が。1907年に発行された「料理の科学と美食の技法」には「ナポリ風マッケローニ」という料理が載っており、イタリアン、ナポリというキーワードはあらゆる場所にて確認できる。

 

当時は西洋料理と言ったらフランス料理を指していた。ナポリ地方の人がスパゲッティにトマトソースをかけて食べる調理法がフランスに伝わっており、それが日本にも伝来したものが元祖とみられる。

また、ナポリ=トマトのイメージがあったものと推定され、同様にケチャップを使えばナポリ風としていたフシがありそうだ。

 

戦前と戦後

戦前にもそれなりに見え隠れしていたナポリタンだが、戦時下で一度失われてしまった。

いわゆる日本独自の洋食文化が花開いた明治時代~昭和初期だったが、ことパスタ料理に関しては今のように大衆食では無かったため、普及するのは戦後となった。

 

一般家庭への浸透

さて、ここまではレストラン等での発祥や文献の記載を追ったが、各家庭でナポリタンが認知されるのはもう少し後の話だ。

国産スパゲッティが作られるのは1954年の事。そこでケチャップパスタなる料理が広く知られるようになった。ただしこれはナポリタンと呼ばれておらず、ケチャップ味のスパゲッティ=ナポリタンという呼称を確認できるのは1970年代の学校給食からである。

時同じくして1970年代にはファミレスの先駆者すかいらーくのメニューにも「スパゲティナポリタン」が見られる。

 

ここから1990年代の「イタめしブーム」が巻き起こるまでの間、スパゲッティと言えばミートソースかナポリタンの2種類が一般的で、他の種類の味はまだマニアックだった。

 

作ってみる

そんなイタリアとは縁も所縁も一切無いグレーな存在であるナポリタン。

今回は純喫茶をイメージしてシンプルかつちょっとお上品に、そして全くイタリアを感じさせないように留意しながら作成していく。

きっとイタリア人がこのレシピを見たら怒り狂う事だろう。知らんけど。

材料(2人分)

  • スパゲッティ・・・80g~190gくらい
  • 玉ねぎ・・・1/2個(100~150g)
  • ウィンナー・・・70g~80g
  • ピーマン・・・2個
  • マッシュルーム・・・30g~35g
  • ソース 
    • ケチャップ・・・100g
    • 中濃ソース・・・大1/2
    • コンソメ・・・1個
  • バター・・・10g
  • サラダ油・・・大1
  • 塩・・・茹でる水量の1%くらいを目安に
  • パルメザンチーズ、パセリ、黒胡椒・・・適量

スパゲッティは1.6mm台が良い。そんな洒落たメーカーじゃなくていい。国産の安いもので充分。

マッシュルームは缶詰等で大丈夫。ケチャップも国産メーカーで選ぶと良い。ちなみに今回のチョイスはカゴメのケチャップ。

塩の量は水量の1%くらい。「ゆで汁を後から使ったり~」とか「乳化させて~」とかそういうのは今回登場しない。

イタリアらしさの出るオリーブオイル、ニンニク、トマト、チーズ、そしてバジルやローズマリー等の香草類は使わない。油はサラダ油とバター。トマトは使わずケチャップに限る。

いや、チーズは仕上げにパルメザンチーズを使うか。喫茶店のテーブルにタバスコと一緒に置いてあるもんね。だからセーフ。

 

作り方

①スパゲッティを茹でる

トラディショナルなナポリタンは予め茹でた麺を冷やしておき、注文が入るとフライパンで加熱して仕上げると云う。今回はそちらに倣い、イタリア人がブチ切れそうな茹で上げて冷ますという調理法を取り入れる。

 

まずはどこのご家庭にもある6リットルほどの容量の寸胴で湯を沸かし、1%程度になるように塩を入れる。「60gの塩を入れると総量は6060gになるから厳密には0.99%の濃度で…」とかやらんでよろしい。6リットルなら60gで良い。

塩を入れるタイミングも派閥があるらしいが、好きなタイミングで入れればよろしい。

そのままボッコボコに沸騰するまで待つ。

沸騰しまくったところで麺を入れる。

袋の表記より短めに茹でるのが良い、と擦り込まれていないだろうか?アルデンテが最も優れていると信じ切っていないだろうか?

騙されたと思って袋の表記+1分の茹で時間としてみてほしい。ぜひ騙されてほしい。

これがナポリタンの正攻法なのだ。

茹で上がったら流水で粗熱を取る。

粗熱が取れたら水気を切り、サラダ油を回しかけておく。こちらは出番まで冷蔵庫へ入れておく。

イタリア人がマンマミーヤと言いながら膝から崩れ落ちる様子が浮かぶようだ。ざまあみろ、これがジャパニーズスタイルだ。

②具材を用意する


続いてナポリタンの要、具材にお越しいただいた。

肉製品は何を入れるか最後まで悩んだ。元祖レシピはハムらしい。ベーコンも捨てがたいがちょっとイタリアに寄ってしまう。それは癪だ。旨いけど。

ここはウィンナーで行かせていただく。好みで真っ赤なウィンナーにするのもノスタルジックで良い。

ウィンナーは斜めに切っておく。ハムやベーコンを用いた場合も手ごろなサイズにカットすると良い。

 

ピーマンは輪切りにしていく。

ピーマンはヘタの部分に全てのタネがくっ付いており、外からヘタの部分を押し込むとズボっと中に沈む。そのまま頭の部分だけを落とせば先ほど押し込んだヘタの部分が種ごと綺麗に取り出せる。

本体にわずかに残ったタネを洗えば、切れ目の無い綺麗な輪切りをする事が出来る。良ければご参考に。

玉ねぎは適当に縦切り。まぁいつもの切り方ってやつだ。

マッシュルームは缶詰を使用。スライスタイプなので水気を切ればそのまま使える。

これで具材は準備完了だ。

③ソースを作る

続いて、ソースを作る。

まずは狂ったかのようにケチャップを出し、計量する。その量、驚異の100g。

知らなければレシピが間違っているんじゃないかと不安になる量だ。

 

味の複雑さを出すためにソースを大さじ1/2用意。ご家庭にありがちなウスターソースで構わないが、敢えて中濃ソースにした。味に深みを出すための隠し味なので正直どうでも何でも良い。大量のケチャップを前にして、ソースはあまりにも無力すぎる。隠し味程度に捉えてもらえれば。

ただ、「ケチャップのみ」と「ケチャップ+ソース」を比べると、前者は単調で"のっぺり感"がある。

味の奥行きの追い打ちとしてコンソメも1個スタンバイ。

これだけで何となくまとまりが出る。困ったときのコンソメ先輩。

 

④具材を炒める

さて、ここからの手順の説明をする。

具材を炒め、ソースを合わせ、最後に麺と絡める。

 

イタリアンでは麺を炒めるのはご法度。最悪ブチ切れられる。

大阪人の前でたこ焼きをチンタラ焼いていたら怒られた経験は無いだろうか?僕はある。それと同じだ。

どちらも自国の伝統食材を大事に扱ってほしい、という愛ゆえの行動なのだ。僕は驚きつつも暖かく許し、非礼を詫び、たこ焼きの全てをそいつに丸投げし、食べる係を全うする事にした。

 

基本的にロングパスタの場合は充分に熱した具材と熱々のパスタをさっと合わせたら完成だ。

しかし今回はじっくりと麺を炒めさせていただく。イタリアの人ごめんなさい。許せ。

 

先ほどの具材たちをバターで炒めていく。

まずはフライパンにバターを熱して溶かしておく。

ここに玉ねぎをイン。色が透き通ってきたらウィンナー玉ねぎがちょっと黄色みを帯びてきたらピーマンマッシュルームを入れる。

 

面倒臭がりな貴方は全ての具材を同時に入れても構わない。ただしピーマンとマッシュルームは玉ねぎが透き通って頃合いになる前にクタクタになってしまう事だろう。

というかそこを面倒臭がるならもうナポリタンのソースを買ってきてくれ、って感じなのでここはひとつ頑張ってもらいたい。

⑤ソースを熱する

具材がある程度クッタリとしてきたらフライパンにスペースを作る。

ここにケチャップソースコンソメを入れてしばらくそのまま水分を飛ばす。

直ぐに混ぜてしまうと具材がケチャップの水分を吸い、ベチャっとしてしまう。欲を言えば別の鍋で軽くケチャップの水分を飛ばしておきたいくらいだ。今閃いたのだが、もしかしたらこの工程はレンチンでも良いかもしれない。

 

ケチャップの色が徐々に変わってくるので、それを目安にして具材と合わせる。

この工程は手早く。具材が完全にヘタってしまう前に麺を合わせたい。

 

⑥麺を合わせる

こちらに先ほどから冷蔵庫でお休みになっている麺と合わせる。

完全再現するなら冷蔵庫で数時間休ませるべきなのだが、まぁかれこれ30分くらいは休んでいるので労基法には引っ掛からない程度の充分な休息となったはずだ。さあ働け。

 

先ほどのようにまたフライパンのスペースを開けて、麺を入れる。

しばらくは触らずに麺の温度を上げていく。ここで麺の表面の水分を飛ばす狙いがある。

しばらく経ったら具材と合わせ、そのままフライパンで加熱を続ける。

チリチリとした音がし出したら焦げないように注意。さすがに焦げてしまうと風味が変わってきてしまう。

 

しっかりと麺全体の色がムラ無く変わったら完成。

皿に盛り、パルメザンチーズを散らし、黒胡椒を少し、パセリも少し。

 

食べてみる

食べてみると、思った以上においしいんだよね。

やはりケチャップだけじゃないのがポイントかも。ケチャップだけの味付けだと途中で飽きちゃうんだけど、バターの風味やソースの奥行きを感じる。たぶんコンソメも良い仕事をしている。

あれだけのケチャップをぶち込んだというのに、塩辛くもないしクドさもない。

 

パルメザンチーズが喫茶店らしさを演出する。途中でタバスコをかけるのもまた良い。

一ミリも明治・大正・昭和を知らないが、謎のノスタルジィを感じる。これがレトロか。

 

口の周りがケチャップ色に染まるのなんて、家で食べる分には関係無い。

欲の赴くまま、無心で喰らい尽くすのみ。

ここは自分が店主の喫茶店であり、そして客は自分ひとりのみ。

マスター、おいしかった。また来るね。

 

*1:フランス。仏国。